|
バイクパートはメカトラブルもパンクもなく、またトライショーツの薄いパッドで
190Kmは未体験だったのでお尻の痛みが心配でしたが、スタート前に
地肌にはアソス・シャミークリーム、パッドにはスポーツバルム・ブルー1を
これでもか!というくらい塗りたくったのと(サドルはギトギトになってましたが・・・)、
時々ダンシングでリフレッシュさせたのが功を奏して無事走り終えました。
そしていよいよ最後のランパート42.2Kmがやってきました。
スタートしてから・・・もっと言うと去年Bタイプを完走して「次はAタイプだ」と決めた時から
ずーっと不安だったランパートです。
というのも今までフルマラソンのレースを一度も走ったことが無く、
練習でも最高が30Kmちょっと・・・しかもバイク190Kmのあとということで、
一体どうなってしまうのか??という不安が付きまとっていたからです。
しかし、いざ自転車をバイクラックに掛けてランの準備をしている間、不思議とこれからの
42Kmのランに対する不安が無く、むしろちょっと”楽しみ”な気持ちがありました。
それは多分、バイクで余力を残してまだ”脚”が残っていたのと、
スイムもバイクも、先のことを考えるとどうしても抑え気味で行かなくてはいけませんが、
ランはそんなことは考えずに思い切り、ただひたすらゴールをめざして”全力”で
走れるからだと思います。
そういう意味では、ラン自体はあまり好きではないですが”トライアスロンのラン”は
3種目の中では一番好きかも知れません。
雨の予報があったので、ラン一式はトランジットバッグに入れておきました。
バッグからシューズ、ソックス、キャップを取り出して、それらを身に着け、べスパを
飲んでさあスタート!と思って回りを見渡すと、入念にストレッチをしている方が結構
いるので「そうした方がいいのかなぁ」と思い少しだけ太ももやふくらはぎのストレッチを
してみましたが、なんだかここに長い時間いると不安が生じてきそうな気がしたので、
ストレッチもそこそこにスタートしました。
スタートしてすぐに公衆トイレがあったので、まずはトイレタイム。
そんなに強い尿意は無かったのですが、ずいぶん長く(1分弱?)時間を要してしまいました!
トライウェアのポケットにあらかじめフラスクに用意しておいた
メイタンサイクルチャージカフェインプラス(4袋分)を入れて走りだしたのですが、
ランの衝撃でポケットから落ちそうになるので仕方なく手に持って、
たまにちびちび口しながら走ることにしました。
”とにかく前半は抑えて”と心に決めて走りだしたのですが、思いのほか走れるので
ついついオーバーペースになってしまいました。
最初の5Kmが26分ちょっと。ただトイレタイムが含まれての時間なので
1Km5分ちょっとのペース。30Kmだったらこのペースで走ったことがありますが
(それもランだけの時で)明らかに未体験ゾーン!
「抑えて、抑えて」と思いながら走り続けましたが、10Kmのラップが50分30秒・・・
沿道の声援とレースということでアドレナリンが出ていてもう抑えが効かなくなっていました。
若干不安を感じつつ、6〜7Km地点での応援のおばさんの「行くしかないよー!」の
言葉通り「もう行くしかない!」と覚悟を決めて、ペースを変えず走り続けることにしました。
畑野ASから先、つきあたりの神社を左折して第一折り返しの金丸AS、
そして神社を通り過ぎて第二折り返しの潟上ASは初めて走るコースで、
どこまで走れば折り返しなのかわからず、沿道の声援も少なくなり、風景もあまり変わらずで
精神的にも堪えました。
それに前半はフラスクの”メイタン”だけで足りましたが、20Kmを過ぎたあたりから
加速度的にお腹が空くようになり、WSではコーラ、ASではバナナ&コーラが
欠かせなくなりました。
やはり前半の速いペースが15Kmを過ぎたあたりから脚に来始めました。
15Km〜20Kmのラップが26分30秒、20Km〜25Kmが27分15秒、
25Km〜30Kmが28分10秒・・・
だんだん呼吸も苦しくなってくるし、なにしろ足が前に出てこない・・・
それまで一人の選手の背中をずっと離れず追っていたのがだんだん離されるようになり、
「このままズルズルと落ちて行ってしまうのか・・・」と弱気になりかけましたが、
「なんとしても喰らいついていく!」と思うと、歩幅が小さくなりピッチが速くなりました。
今までそんなこと考えたことも無かったのですが、それまでの自分はいわゆる
”ストライド走法”。これだと疲れた脚にこたえますが、この”ピッチ走法”だと
苦しいけど脚は前に出る。苦し紛れの走法変更でしたが、これが功を奏し
ペースを上げられるようになりました。
どんどん呼吸は苦しくなってきますが、あの「行くしかないよー!」を
何度も反すうして奮い立たせました。
この言葉のおかげで走り続けられたので、復路の同じ場所で
”行くしかないよーおばさん”が「おかえりー!よく帰ってきたねー!」と
声を掛けてくれた時は、感謝で思わず泣いて抱きつきたいくらいでした!
一度離されかけた選手にだんだん近付き、そして35Kmあたりで追い抜き、
その前方には山梨の強豪・長澤選手が。
ゴール後にお話しさせていただきましたが、ハンガーノックでペースダウンしていたようで
もう少しで追いつき追い越せそうだったのですが、長澤選手が復活!
どんどん背中が小さくなって行きました。
こちらはもう苦しくて、辛くて泣きたいくらいでしたが、それでも必死でその背中を
追い掛けました。
最後の八幡WSで”気つけ薬”のコーラを一気飲みしてラストスパート!
ここからゴールまでは4Km弱。234Kmの長いレースのゴールがすぐそこです。
想像では、今までのこと(病気のことや冬の早朝、寒くて真っ暗な中走ってたこと等々)が
走馬灯のようにめぐって感動で泣いちゃうんじゃないかと思っていましたが、
もう、苦しくて苦しくて、走馬灯なんて出てきやしない!(笑)
とにかくこの苦しさから早く解放されたい!早くレースを終わらせたい!!その一心で
とにかく走り続けました。
商店街に帰ってきて「おかえりー!」と声を掛けてくれますが手を上げて応えるのがやっと。
本当はここで泣くはずだったのに・・・
メイン会場に入って、上がらない脚で必死にスロープを駆け上がると
目の前にゴールテープ!カッコよくゴールテープを両手に持ってゴールしたかったのですが、
もうその余裕も気力もなし。
手で押しのけるように、カッコわるーくゴールテープを切りました(苦笑)。
ゴールをしたら涙が出てきました。感動の涙ではなく、辛く苦しいことから解放された
”安堵の涙”でした。
そして「もう来年は出ない!!」と強く思ったのでした(笑)。
ランラップ:3時間41分5秒(ランパート:15位)
総合記録:10時間28分54秒 15位 年代別(35〜39歳):4位

スタート前のフィニッシュゲート
この10数時間後に無事戻ってこられました。
その5に(まだ)つづく
|