当時、DEROSAについて注目したいことは、
プロチームに供給するフレームも日本で手に入るフレームも、
ハンガーラグを除けば一緒のものが作られていたことです。
大きなメーカーともなると選手が使用しているレーサーと,
カタログで手に入れられたレーサーとでは違うものが多くあり、
その点DEROSAは良心的な工房でした。

「DEROSA」のステム、ピラーへの刻印、チェンリングの
ハートマーク肉抜きなどまだ控えめですね。

横尾双輪館がイタリアのデローザの販売を始めたのは1974年からで、
ここで紹介するレーサーは一般に市販される前に
輸入された1972年製のものです。

この頃は、イタリアのプロチーム「GBC」やG・モッタなどが
所属する「フェレッティ」、「J・チェラミカ」に所属するG・バッタリンなどの有名選手が
DEROSAを使用していました。

1972年にはすでに長沢義明氏がDEROSAで働いており、
1973年メルクスの率いるモルテニチームのフレームを引き受けるようになり、
DEROSAは急激に忙しくなりました。

G・モッタ

G・バッタリン

GBCチーム

E・メルクスとサポートカーから見守るU・デローザ